レイアウトには、意味がある。

お初にお目にかかります、部員の増井です。

映画が好きでDVDやブルーレイをせっせと集めているのですが、レンタルするのではなく買うのは「コメンタリーやメイキング」が好きだから。

スクリーンに映る俳優の立ち位置や、影の落ち方、画面の色味など、初めてその映画を観るときには気付かなくても、それらに意味があることがあるのです。

ストーリーが進む上での登場人物の心境の変化、関係性の変化、いる場所の変化を示唆しているのです(「スター・ウォーズ」のルークの衣裳の色の変化や、「NARC」の主人公2人が車にいて話しているシーンで、フロントガラスが反射している景色が疑惑の捜査官の方だけ複雑になっていたり。「マトリックス」ではコンピューターのバーチャル世界は画面が緑がかっています)。それは、監督が意図してそうしたときもあれば、”偶然”が意味を与えることもあります。そういうことをコメンタリーで監督が解説していたりしていて、「ほほー!」と知ることができます。

そういう要素が映画にある、と気付くと映画がさらに味わい深いものに感じられてグッと好きになる。スクリーンの裏、映画を作っている人たちにもドラマがあって、それもまた楽しい。ここではそんなコメンタリーやメイキングで聴ける好きな映画人の言葉なども紹介していければ、と思っています。

今回は書籍からですが、好きな映画監督の一人、北野武の言葉を。

やっぱり映画っていいなあと思うのは、ひとつのストーリーが作りだす時間、その時間が生みだす可能性だね。監督としても、俳優としても、あるいは観客としても、映画っていうのは人を日常の時間から切り離してくれる。時間の外に連れ出してくれるでしょ。どんなジャンルのものでも、一時間、二時間、三時間、あるいは短篇なら数分でも、人の人生の一部を、シーンの変化で見せていくわけ。その中で普遍的な時間と映画の中の人工的な時間との間にシンクロがあるってことが、夢というものを創造する映画の可能性を物語ってると思うんだ。

なぜ、映画は素晴らしいのか、なぜ、映画が好きなのか、自分ではうまくまとめられなかったのですが、彼の言葉はストンと落ちます。

Kitano par Kitano 北野武による「たけし」
Kitano par Kitano 北野武による「たけし」

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